
(Source: thedailywhat)
(Foresight 3月号 シリコンバレーからの手紙)”
2008-02-29 (via gkojay) (via thinkupstudio)

In this Oct. 16, 2011 photo, vehicles at a Honda car factory submerge in floodwaters in the Rojana industrial district in Ayutthaya province, central Thailand. Like most of monsoon-swept Asia, the city and its environs have experienced periodic floods since it was founded more than two centuries ago. But recent decades have witnessed dramatic changes - from intense urbanization to rising waters blamed on climate change - that are turning once burdensome but bearable events into national crises.
誰もTumblrで社会が変わる!なんて言わないし
なんかみんなで共感関係をゆるくシンクロさせてるし
馴れ合わないし”

かえるさん
巽紀子氏http://blog.livedoor.jp/nt30/
すごい味のある作品。好きな感じです。
日本社会で「立派な大人」、「まともな人間」として生きるには周りと同じでなければいけません。子どもの時からみんなと同じ制服を着せられ、みんなとどこか違う子はいじめられる。そんなクラスの危うい和という社会では雰囲気やノリの良さが最重要項目であり、「自分の考え」を作り上げたり、述べることは歓迎されません。「出る杭は打たれる」ということわざからもあるように、集団のなかから目立つことは決していい結果をもたらさず、「当たり障りなく生きる」ことが日本社会で生きる人の“賢い生き方モデル”とも言えます。
しかし、この日本社会を別の方向から捉えてみると、「みんなと同じように行動していれば何とかなる社会」だと言えます。つまり、自分で考えなくていいのです。生まれた時から、とりあえず周りと同じように生きればいい。みんなと同じ制服を着て、みんなと同じような発言をして、みんなと同じモノを好きになればいい。「異」を排除する社会では、みんな同じにしておけば問題は起きないのです。みんな塾に通ってるから私も塾に行こう。クラスのほとんどみんなが○○高校に行くから、自分もそこに行こう。みんなが課外活動に入るというから私も何か部活に入ろう。みんな大学に行くから、自分も大学に進学しよう。このように、他の人のレールに合わせた生き方をすれば、世間では「常識的な人」と評価されるでしょう。
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